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上清水一三六の飛躍への暗躍

祝!ディープインパクト有馬記念優勝!!からもう1年・・・
「彼らはいつもそこにいる」
ACT-1『水曜日の食卓』(前編)


ここは、都内某所にあるファミリーレストラン『デニーズ』。

家族連れから、カップル、高校生、外国人まで、都会のファミレスは雑多な人種でごったがえしている。
その片隅の席に、三十路を過ぎた年恰好の三人の男が座っていた。
服装もバラバラな三人は、何かを待つように黙ってコーヒーをすすっている。
その中の、しかめっ面をした男がつぶやくように言った。
「遅い。もう8時過ぎだ。何してるんだ、あいつは」

そして、ふたたびコーヒーに手を伸ばしかけたとき、一人の男が転がるようにして彼らの席に飛び込んできた。
「悪い、悪い。打合せが長引いちゃってさあ」
「またか。おまえ、一日何時間打合せしてるんだ」
遅れてきた男は、一応申し訳なさそうに頭を下げながら席につくと、コーヒーとラザニアを注文した。
「やっと揃ったようだね」
やれやれといった感じで、奥に座っているどことなく陰気な男が煙草に火をつけた。

「おまえの腕時計はアクセサリーか?時間を知る機能が不要ならもっと趣味のいいデザインのブレスレットにしろ!」
遅れてきた男にまだ非難まがしく説教をたれている、こうるさそうな男の名は草薙(くさなぎ)。
職業は一応新聞記者だが、社会派ジャーナリストなのか軽薄なトレンドウォッチャーなのかよくわからないところがある。

「失礼な。この時計はプレミア価格十数万のG-SHOCKだぞ。ノベルティだけど」
そして、その遅れてきた、当初の悪びれた様子がまったくなくなっている男は宍原(ししはら)。
ラフな服装が示すとおり、仕事はテレビ局のディレクターで、業界特有のちゃらけたノリが体に染みついた結果、もはやその軽さが公私の別なく発揮されている。

草薙の横で煙草をくわえ渋く決めた気になっている男が堂林(どうばやし)。
銀縁眼鏡の奥から鋭い視線を浴びせ、クールで寡黙に振舞っているつもりだが、周囲は誰もそう思っていない。一張羅のよれよれのスーツをだらしなく着ている彼の正体は、敏腕の弁護士などではなく中学校の国語の教師だった。

そして、四人目の男・折戸(おりど)。背が低いわりに身体がガッチリしており肌の色は靴墨を塗ったように黒い、日本人離れした風貌の折戸は、機械メーカーの開発部に勤める、いわゆる研究員である。穏やかで人のよさそうな感じだが、腹の中では何を考えているかよくわからない。

彼らは高校生のとき以来の付き合いで、ここ数年、月に数回このファミレスに集まり、近況報告をするのが習慣になっていた。最近では、話のネタも尽きてきて、とにかく新鮮な話題に飢えている四人だった。

二杯目のコーヒーを飲み終えると、草薙がおもむろに口を開いた。

「新婚生活はどうだ、折戸?」
「いやあ。毎日楽しくてねえ。僕の帰りが遅いと機嫌が悪くって困りますよ」
折戸はニヤけながら答えた。
「でも、いくら遅く帰ってきてもご飯を食べないで待ってるんですよ。愛されてるって感じかなあ」
「そいつぁ結構なこったね」
聞いてるのがアホらしくなった独身の宍原は、そうつっこむと、勢いにまかせてホウレン草のソテーとフライドポテトを追加でオーダーした。
「あっ、そ、そう言えばさ、・・・」
周りの冷ややかな視線を感じ取った折戸は強引に話題を変えた。
「僕の会社の後輩にも新婚のやつがいるんだけど、そいつが今日変なことを言い出したんですよ」
「変なことって?」
「そいつの奥さんは料理が結構得意らしいんだけど、なぜか水曜日の夕食だけ美味しくないって言うんです」
「・・・へっ?」
真剣に折戸の話を聞こうとしていた三人は体勢を崩しかけた。
「何だよ、それ」
フライドポテトを食べる手を休めていた宍原は、再びポテトを口に押し込み始めた。
「そうだな。別に不思議なことじゃないだろう」
草薙も咎めるような口調で続いた。
「たまたまある水曜日に料理が失敗したっていうだけだろ?そんなことはいくらでもあることだ。うちの嫁なんか、うまくいく方が珍しいくらいだ」
草薙は、いやなことを思い出したかのように顔をしかめながら苦々しく言った。
「いや、違う、違う。そうじゃないんですよ」
折戸は慌てて首を振った。
「その奥さんは基本的にはすごく料理が好きだし上手らしいんです。ところが、ときどきあまり美味しくないときがある。それで、そいつが今までを振り返って考えてみたところ、不味かったのはいつも必ず水曜日だったということに気づいたみたい。たまたまある水曜日が不味かった、というわけじゃなくて結婚してからずっとそうらしいんですよ」
「・・・なるほど。それはちょっと興味深いね」
一瞬の沈黙のあと、黙って四杯目のコーヒーをすすっていた堂林が口を開いた。
「確かに、それなら話は違うか」
折戸が提出した謎の価値を見直すと、刑事のような目つきになった草薙が言った。
「とりあえず状況を整理した方がいいな。いくつか質問をするから答えてくれ、折さん」
ほうれん草のソテーを頬張りながら宍原が後を続ける。
「う、うん。わかることなら」
少し緊張しながら折戸は頷いた。
「まず、その旦那の方だが、折さんはよく知ってるんだな?」
「うん」
「それじゃあ、彼のプロフィールを簡単に教えてくれ」
「ええと、名前は浜崎一郎。28歳。入社したとき僕と同じ部に配属されてきたんで仲がいいんだけど、去年から彼は営業に移ったんです。それで前よりは会うことが減ったんですけど、今でもたまに飲みに行きますよ。多少、大雑把なところがあるけど、性格は真面目ですごくいいやつです」
「出身はどこなんだい?」
堂林が聞いた。
「東京ですよ。確か八王子の方だと思ったけど。大学は関西ですけどね」
「趣味とか好きなものとかあるのか?」
「そうですねえ・・。元々体育会系ラグビー部だったんで、やっぱり身体を動かすことが好きみたい。ラグビーは今もやってるし、野球やゴルフ、僕と一緒にアウトドアにもよく行きますよ。酒は強いんだけど、結構恥かしがり屋で女の子に弱くてね」
「新婚だと言ってたね」
「そうそう。三ヵ月前に結婚したばっかりで、まさに新婚ホヤホヤ。相手は3つ下の25歳。総務にいた子で、いわゆる社内結婚ってやつですね。名古屋の出身ですごくかわいい子ですよ」
「その子はまだ会社にいるの?」
「いや。もう辞めて、今は専業主婦になってます」
「・・なるほど。わかった。後はおいおい聞いていくことにしよう。今までの話で何か気づいたことがあるか?」
そう言うと、草薙は一同を見回した。
《後編に続く》
by kamishimizu136 | 2005-09-14 01:11
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by kamishimizu136
第2回上清水賞受賞作品決定
『ファイルNo.0136「清香島」・事件編』
「ペとハと愉快すぎる仲間たち」paperheartさま&hat_trickさま
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